【カナダワーホリ日記】ホストファミリーの前で大号泣した話

カナダワーホリ

こんにちはしーちゃんです!

最近はバンクーバーにも春が来たようで、天気の良い日が増えてきました!

冬の間は毎日曇っていたので、お出かけもできず、気分が落ち込みやすい時期を過ごしていました。

これまで厳しい冬を耐え凌いで良かった…(笑)

今回はそんな冬の時期に、私がホストファミリーの前で大号泣してしまったお話です!

これは私が語学学校を卒業し、カナダで初めて働き出した時のお話です。

お仕事の詳しい内容については、また別の記事でお伝えするつもりです!

詳しくは割愛しますが、私はホストマザーに紹介された高齢者施設で働き始めました。

最初に入れられたポジションは、Dietaryといって、入居者の食事を配膳する係です。

日本で飲食経験があった私は、「お料理を配膳するだけなら楽勝かな」という思いがありました。

しかしなんと入れられたシフトは朝の6時出勤。

当時住んでいた家から職場まで、電車とバスで2時間かかる距離の私は、朝4時過ぎの始発電車に乗らなければなりませんでした。

私は早起きが大の苦手なのです…。

そして与えられたトレーニングはたったの2日。

たった2日で8時間のシフトをマスターしなければならないのです。

しかも普通の飲食店とは違い、食事や飲み物を準備し、配膳し、洗い物の回収・皿洗いまで一人でこなす必要がありました。

一つ一つの動作は難しくはありませんが、とにかく覚えることが多く、すべて英語で説明を受けるため、ついていくだけで必死でした。

トレーニングをしてくれたフィリピン人の女の子はとても優しく、「わからないことがあったら何でも聞いてね」と気さくに声をかけてくれました。

そしてその子がとったメモを写メらせてくれたり、覚えなければならないことをわざわざ紙に書いてくれました。

しかしこの優しさが、私の不甲斐なさを際立たせていきました。。笑

なぜなら彼女が書いた文字は全て筆記体。

私は筆記体が読めないのです。(泣)

ですが筆記体という単語すらわからない私は何も言えず、ただそのメモを見つめるしかできませんでした。

結局2日では足りないということで、もう1日だけ特別にトレーニングをしてもらえることになりました。

2日目のトレーニングを終えた帰りの電車では放心状態。

朝3時半起きで出勤し、8時間英語を聴き続けた私は、外の景色を見ながらただただぼーっとするしかできませんでした。

家に帰ると、ホストマザーが部屋を訪ねてきて、「仕事どうだった?」と期待の目で見てきます。

私は嘘をつくこともできず、「ここで働くのは難しいかもしれない」と正直に伝えました。

すると私の許可なしに部屋に入り、ベッドに座って「何が難しいの?私が教えてあげる!」と言われました。

ホストマザーはその施設での勤務が長いため、ポジションは違っても大体のことは把握しているのです。

今振り返ると、私を心配して助けてくれようとしていたんだと、マザーの優しさは感じます。。

ですが当時の私は、勝手に部屋に入られたこと、休みたいのに干渉してくることが耐えられませんでした。

マザーが仕事を教えてくれている隣で、私は諦めモードに突入していました。(笑)

もう放っておいてほしい。

私の人生なんだから、仕事を続けられなくてもファミリーには関係ない。

でもこの複雑な感情を英語で表現することができない。

あぁ、言葉で伝えられないなら泣くしか方法がないのか。。。と。

そうして私はマザーの前でただ号泣するしかできませんでした。

マザーなりに心配したようでその後夕食に呼ばれました。

そこにいたファミリー全員にも、励ましの言葉をもらいました。

「仕事なんて最初はそんなもんだよ」

「みんな同じだから大丈夫」と。

でも、初めから英語を話せた人たちに私の気持ちがわかるわけがない。

どの励ましの言葉も、全く心に響きませんでした(笑)

そしてその日はただただ涙を流すことしかできませんでした。

ちなみに夕食の味は全くしませんでした(笑)

そして次の日。

3日目のトレーニングを終えた私は、マネージャーの元へ行き、このポジションでは働けないことを伝えました。

別のポジションは空いていないか確認したところ、ランドリーという、入居者の衣類などをお洗濯するポジションなら空きがある、ということで、そちらのポジションでトレーニングを受けることになりました。

このランドリーというお仕事についても、また別の記事にてお伝えできたらと思っています。

ということで、今回は仕事が辛すぎてホストファミリーの前で大号泣したお話でした。

軽くまとめると、

  • 朝3時半起きで睡眠不足
  • 往復4時間近い通勤
  • 疲れて帰宅しても、他人との共同生活の中、心が休まらない
  • 筆記体が読めず、仕事の流れがつかめない
  • 食事を間違えて提供すると、喉をつまらせて入居者の生命に関わることへの責任感の重さ
  • フィリピン人が多いポジションだったので、なんとなく仲間に入りずらい
  • 食事の名前や種類を覚えられない
  • 英語コミュニケーション力の不足

これらが理由だったのかなと思います。

いろいろな理由から、いっぱいいっぱいになって、言葉で気持ちを伝えることができず、起こった出来事だと思います。

当時は本当に辛かったですが、今は笑い話として消化できているので、いい経験だったなと思っています。

辛いことも、乗り越えれば(私の場合は逃げましたが…)一つの笑い話として話せる日が来るということを学んだ経験でした!

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